―†-異時限の世界-†―

2話




目の前に立っている女性ティトは、自分と同じくらいの背丈に、少し色褪せたフードの付いた灰色のローブで全身を包んでいる。短く切った紙に、砂漠の中に居るとは思えない程の白い肌、少し少女の幼さが残る目もとが印象的だ。


「ら、ラス・・・・・・?なんだそれ?」


「そうラス! 貴方の名前よ。この世界では『忘れる』って意味があるの。
 自分の事が分からない貴方にはピッタリな名前じゃない?」


「う、う〜ん?」


どうやら名前はラスに決定らしい。また安直なネーミングだなと思いながらも、この名が自分に一番相応しいような気がした。


ラス・・・・・・忘れる・・・・・・・・・ね。


「ん? どうしたのラス? そんな考え込むような顔して・・・・・・あ、まさかこの名前が気に入らなかったとか。」


「あ、いや違う」

ラスはゆっくりと辺りを見回す。視界いっぱいに砂漠の地平線が広がっており、砂が空からの光を浴びて輝いている。一見してみると唯の砂漠なのだが、どうにも妙な違和感を感じてしまう。

 
なんだこの感じ、すごい違和感・・・・・・。

 
まるで自分がここに居ちゃいけないみたいだ・・・・・・。



 違和感の正体を確かめるべく辺りを何度も見回すが、やはり何度見ても広がる砂漠以外には何も無い。誰かに監視されているのかとも思ったが、この場にラスとティト以外に生物の気配は無く、この砂漠なら誰かに見られていたとしても、隠れる場所が無いためラスが気付かないはずがないのだ。
 

じゃ、この感じは何だ? なんなのだ・・・・・・?
 

「・・・・・・・・・」


結局分からないので諦める事にする。自分の脅威になる事ではないだろう。そう決めたラスは豪快に砂漠の上に体を倒し、両手を後頭部に回し瞳を閉じ、いわゆる昼寝の体勢になった。そのまま寝てしまう訳ではないが、今まで自分の身に訳の分からない事が起こりすぎて、体が疲れてしまった。
 

「ちょっとー、そんな砂漠の上で寝て暑くないの? さっきから変だよ?」


横目でティトを見ると、ティトは困っている様な、悩んでいるような顔をしてラスを見ていた。何故か分からないのにいきなり黙り込んで辺りをきょろきょろ見回して、挙句にその場に寝転がってしまったラスを見て、どうしていいか分からなくなったのだろう。


ラスは自分は疲れている事を伝えようとして、ゆっくりと瞳を開けると


「・・・・・・・・・え?」


違和感の正体が、眼球に飛び込んできた。


「無い・・・・・・・・太陽が」


いや、本来なら飛び込んでくるはずの物が、無かったのだ。


「さ、さっきからどうしたの?」


力の抜けた顔で呆然としたラスを見て、ティトは声を掛けた。


その声が引金だったかのようにラスの表情は豹変し、慌てふためく様になる。


「な、ない!? 太陽は!?なんで!!??」


「え、太陽・・・・・・?」


「そうだよ!! なんで太陽が無いんだ!? おかしいだろ!」


そうだ、太陽が無いのに何故ここは明るいのだ。何故眩しいのだ。


空を食い入るように見上げたが、透き渡るような快晴に、まばらに浮かんだ雲しか見えない。


「あ、太陽ね、分かった分かった!! あ〜あれね」


真剣な表情をして空を見ていたラスは、ティトの方へ視線を移した。ティトはまるで懐かしいものを思い出すかのように、両腕を組んでうんうんと頷いている。


「100年前に突然消えちゃったらしいね。」


あたまが、どうにか、なりそうだった。


いみが、わからないよ


「ちょっと!」


「あ、いやスマン」


 思わず脳みそがパンクしそうになるが、壊れる直前になんとか現実に帰ってくる。


自分は本当に記憶喪失なのか? それにしてはおかしい事が曖昧すぎる。


 自分の事は分からないが、太陽の事は分かる。でも過去の自分が太陽のことを知識として知っているだけなのなら、こんなにも自分は慌てなかったはずだ。


 かといって知識なら覚えてるのか? と言ったら殆ど何も覚えてない。一応言葉は使えているが、それ以外は何も分らない。この場所もどこか知らないし・・・・・・。


何かが可笑しい、自分の身に何が起きたというのか・・・・・・?


 これは唯の記憶喪失なのか・・・・・・?


「ラーーーーーースーーーーーーー」


「う、うわぁ!!」


自分の世界に入り込みすぎていたせいだろう。ティトが自分の顔を覗き込んでいたことに全く気付かなかった。自分がティトの存在を完全に忘れていたからなのだろうか、いささかティトの顔に怒りの色が見える。


「君は何も分らない記憶喪失なんでしょ? 今どれだけ悩んでも何も出てこないよ。
 私について来て、ここの話をしてあげる。」


いささか怒ったような顔をしたティトはラスの手を引くと、引っ張るようにして砂漠を歩き出した。その手はか細くて小さかった。



・・・・・・この人テンション高いなぁ。