異次元の世界

3話

広大な砂漠の中をラスとティトは縦に並んで歩いていた。ティトが前を歩き、ラスが追いかけるように後ろから付いていく。

「・・・・・・・・・」「・・・・・・・・・」

 互いに無言で歩き続けるティトとラス。かれこれこんな状態が30分は続いている。話題が無い訳ではない。ラスには聞きたいことが山ほどある。ここは何処か、何故太陽がないのか、自分自身が何者か知る方法は無いのか、等だ。

 だがそれらを問おうとした所、ティトは人差し指を口元へ持って行き、小さく「シッ」と言って、声を出すなと言うのだ。そう言われてしまえば、自分に出来ることは付いて行くことだけになってしまう。

 歩き続けるのもいい加減つかれる、会話も無いのなら、また自分の世界に入らせてもらおう。一人で考えても無駄だと言われたが、それでも考えてしまうのは心が不安になってしまっているから・・・・・・・・・かもしれない。どこまでティトを頼りにしていいのか分らない以上、自分で何とか出来るなら何とかした方がいいはずだ――なんとか出来るなら。

 出来ないだろうな――多分。

出来たらいいなぁ――無理だろうけど。

「もういいよ」

時計を持ってないから曖昧だが、歩き始めて50分くらいだろうか? やっとティトからお許しが出た。そう思ったラスは口を開けた瞬間

「う、うわ、うわあああ!!」

ラスの傍らで、砂柱が上がった。それは噴水のように吹き上がり、そのまま天まで届いてしまうんじゃないかと思うくらい、激しく吹き上がった。

いきなりの出来事にラスは飛び上がった。尻餅をついてペタンと砂の上に座り込む。なんとか這い蹲った状態で必死にその場から離れ、ティトの脇まで近寄った。

「ハァハァ、な、なんなんだよ、これは!?」

「ラス、離れてた方がいいよ」

「え?」

「ちょっと危ないから」

見ていると、吹き上がる砂柱の勢いは徐々に衰えていき、高さが低くなっていく。

すると気付く、砂柱の上に、ある何かが乗っかっている事に。それは砂と近い色をしていて、足が多く、鋏を持った昆虫のような物で・・・・・・恐らくサソリだ。

だが、サイズが革命的に違う。こんな物を自分はサソリと認めたくない。どれだけ大きくても普通は手のひら程だ。だがコイツは人間の顔ほどの大きさがある。そんなサソリだ。

「・・・・・・ラス、離れててね」

「う、うん」

言われなくとも離れようとは思っている。こんな怖い生物とは目を合わせるのも嫌だ。ラスはサソリから目を離さないようにして、表情を引き攣らせながらゆっくりと後ずさる。

対してティトは何やらローブで覆った背中に手を入れ、長細い杖のような物を取り出した。白色をベースに、金色やエメラルド色に輝く『翼を広げた鳥』のような装飾が刻んである。

「さぁラス、貴方は離れていて!
私がここにいる理由は、コイツ等魔物を倒すためなのよ!!」

「ま、まもの!?」

「いいから、は や く ね・・・・・・とりゃ!!」

ティトはこちらを一度も振り返ることなく、自分の目前に飛び掛ってきたサソリを手に持った杖で、殴り飛ばした。体を少し捻って勢いをつけるその殴り方は不器用な動きで、お世辞にも綺麗だとは言えない。
だが殴られたサソリは派手に体をバラバラに粉砕され、まるでサソリの物とは思えない量の血が、砕けた体と共にその場に飛び散った。

「う、うわっ!!」

今まで時が止まっていたかの如く静かだった時間。ティトの後ろを付いていくだけの、退屈な時間。

その一匹のサソリが地に落ちた瞬間と同時に、時が動き出した。



ドン! ドン!! ドン!!! ドンドン!!! ドオンドンドンドン!!!!



まるで砂漠が矢でも打ち放っているかもの如く、視界を埋め尽くす勢いで、次々と砂柱が吹き上がった。砂埃が辺り一帯に舞い上がり何も見えなくなる。今さっきまで逃げ出そうとしていたラスは早くも動けなくなってしまう。砂埃は全体を包んでいる。当然後ろにもサソリはいるのだ。

「あちゃ〜・・・・・・」

一匹のサソリを倒したティトも、額から小粒な汗をたらして動かない。流石にこの状況は予想外だったように見える。

「ラス・・・・・・ごめん。ちょっと危ないかもしれない。
 本当はアナタを逃がしてから派手にバラバラにしてやろうと思ってたけど・・・。」

そこまで言うと、ティトはローブの中の腰に手を伸ばし、そこに吊ってある小さくて細長い物をラスの胸に押し付けるようにして渡す。気の動転しそうなラスはなんとか落とすことなく、それを握った。


「自分の身は自分で守ってね! じゃ!」

それを渡すと同時に、ティトは砂埃の中へ走って行ってしまった。


「え、ちょっと!?ええええええーーー!!!」

手渡されたそれは小さな鞘に入っていて、引き抜くと銀色に輝くナイフが・・・・・・とりあえず右手で握ってみたのはいいものの、サソリを倒せる自身なんてこれぽっちもない。

「ど、どーすんだよこんな物使えないぞ・・・・・・」

しかし悩んでいる暇が無いのが現状。既に自分はサソリに取り囲まれていて、いつ襲い掛かられてもおかしくない。ティトの姿は砂埃の中で薄い影しかみえないが、杖を何度も何度も振り回しているのが見えた。バンバンと殴りつける鈍い音がここまで聞こえてくる。


 ティトからの助けを望むのはこの状況じゃ無理だ。自分で戦うしかない・・・。
 

 そう思うだけ体が震え、足が凍ってしまったように固まってしまう。

 
 でも、自分は決めたのだ。『自分でなんとか出来るなら、何とかしてやる』と。

 
 この先こんな事態に陥る事は少なくない筈だ。こんな世界なのだから何が起こってもおかしくない。


 「だったら――」


 逃げるわけにはいかない。逃げてはいけない。逃げることは許されない。


 
 
 ――絶対に逃げられない。



 ちくしょう!! こんな所で死んでたまるか!! 生きてやるんだ絶対!!


 
そう心に決めた瞬間、背後の砂埃からサソリがラスへ飛び出した。



「ふむ・・・・・・賢者ティトか・・・・・・相手にとって不足なしだ。
 だがその隣にいたガキ。あいつは何者だ?」

ラスとティトがサソリに囲まれている場所から遠く離れた場所で、双眼鏡の様な物に目を通して、戦闘を観察している人間が居た。その目はティトだけでは無く、少年ラスの方へ向いていた。