4話

4話

心臓を狙って跳ね飛ぶ一匹のサソリ。ラスは足を必死に動かしてサソリの攻撃から避ける、そして地に着地した瞬間に右手に握りこんだナイフを、サソリの背を目掛けて振り下ろした。

生物をグサリと刺す感触。それは決して気持ちのいいものでは無い。右腕のナイフを握りこんだ拳に、生暖かい血がまとわり付く。

続け様にサソリが1匹、今度は足へ向かって飛び出してくる。人の腕程の長さがある尾を突き刺さんと伸ばす。しかし尾が伸びきることは無かった。ラスは左足を軸にサッカーでもするかのような動きで、サソリを右足で蹴り飛ばしたのだ。飛ばされたサソリは今にも飛び出そうと奥で身構えていたサソリに激突し、2匹はバラバラになって弾けた。

「は、はは・・・・・・戦えてるよ・・・。」

ラスは自分でもよく分らないうちに戦うことが出来ていた。飛び掛るサソリはナイフを振るって切り裂き、地面から不意打ちを狙うサソリはタイミングを合わせて蹴り飛ばす。
そんな戦闘を続けているうちに、ラスはある事に気が付く。最初は怖かったはずのサソリが、今では全くと言っていい程に恐怖を感じないのだ。

「は、はは。慣れにしては早すぎるよな・・・」

おかしい、何かおかしい。絶対におかしい。

過去に自分は何をしていたんだ。こんな大きくて獰猛なサソリ、しかもかなりの数を相手に、恐怖を微塵も感じなくなるなんて・・・・・・。

もはや考え事が出来る程度に落ち着いた頭は、一度引っかかった疑問を捕らえて離さない。もはやラスの腕は完全に戦うことを辞め、足だけを動かしてサソリの動きを回避するだけになっていた。もはや2、3匹同時に飛び出してきても精神は動じない。

ふと、徐々にだがサソリの数が減っているのを感じた。確証は無いが飛び出す勢いが落ちてきている気がする。恐らくティトが砂埃の向こうで倒し続けているのだろう。

「ラスーー!? 聞こえてるーー!?」

見えない所から声が聞こえる。この声はティトだ。

「ちょっと流石に量が多いから、範囲魔法を使うね。5、4、3,2,1でいくから、
 タイミング合わせて避けてね〜!」

「え?」

範囲魔法? いや、なんとなくは分かるけど・・・・・・。

「いっくよ!! 5!!」

やばいやばい、どうしろって? え?

「4!!」

た、タイミング? 何が起こるんだよ!? おい!?

「3!!」

よくみると砂煙の向こうで、何やら青い光が見える。おそらくティトが何かをしている。範囲魔法とやらの準備だろうか・・・・・・?

「2!!」


くそ、後1秒・・・・・・どうすれば――


悩んで悩んで、結局どうしたらいいか解らず。とにかくその場に伏せようと身を縮めたその瞬間。目の前の視界に異常な現象が起こった。思わず大口を開けてしまった。


「おわぁーー!!」


ダムの決壊か!?と思わせるような水の激流が、ティトのいる辺りから大量にこっちへ流れてきたのだ。サソリ達は瞬く間に飲み込まれ、そのまま自分の方へ水流は向かってきている。


「う、うわぁあああーーー!!!」

逃れるすべは無く、ラスは水流に飲み込まれた。






サソリの死骸と共に、長い距離を流された気がする。実際は良く覚えてないが、あの激流の中で時間を数えてられるほど自分は強い人間じゃない。今や激流は砂に全て吸い取られ、自分はその砂の上で横たわっていた。周りには激流の強さに耐えられなかったのであろう、動かなくなったサソリがこの辺一帯に転がっていた。流石魔法と言うだけはある、あの数のサソリを簡単に倒してしまった。自分もサソリと同様に倒されてしまったわけだが・・・。

「か、体が・・・・・・痛い・・・・・・・・・起き上がらない。」


それはひどい物だった、激しい水流の中を何度も転がされ、ひっくり返され、叩きつけられ、引きずられ、かなり痛い。ひょっとしたら何処かの骨が折れるかと思った程だ。体を見たところでは体に石が当たったせいか、小さな傷が体中に出来ていたくらいで助かっていたが。


「おーーーい! 大丈夫ぅーー!?」


遠くから聞こえる声が聞こえる。体を起こさずに首だけを曲げてその方向を見ると、自分を水で流した張本人が、こちらの方へ懸命に走っていた。砂漠の上を走るのはどうも大変そうで、時折こけそうになりながらも、なんとか近づいて来ている。


自分のいる場所に到着すると、ティトはハァ・・・と小さく深呼吸。そして唇を動かした。


「ごめん!! カウントしてたのに2で放っちゃった。」


罰の悪そうにと小さく笑うティト。いや可愛いとは思うが、それとこれとは話は別だ。多少苛立ち君な自分にそんな笑顔は通じない。あの水は絶対に納得がいかない。

「いや、もし2で水を出して無くても、どうやって守ればよかったんだ!? それに、魔法だとは言ってたけど、あんな大量の水を出すとは聞いてなかった!!おまけにサソリは少なくなってたぞ、あのペースで倒し続ければ、明らかに5分掛からずとも全滅出来たじゃないか、わざわざ水なんか使わなくとも良かったじゃないか!!」 

「いやぁ〜あはは・・・・・・」

困ったように目を泳がせるティト。今回のことで彼女の性格が分かった気がする。

とんでもなく、おおざっぱだ。

「ちょっとラス!! あなた今私の事おおざっぱだと思ったね!!」

「うっ・・・」

心を読まれて少し心臓が飛び跳ねたが、後ろめたいとは思ってない。

だっておおざっぱじゃないか・・・・・・。

「・・・・・・まぁいいわ。ラス、あなたは一つ勘違いをしている。私はサソリを一匹一匹殴って倒すのが面倒くさいからって理由で魔法を使った訳じゃないの。少しはあったけど・・・・・・・って違う。無駄な体力の消耗を減らしたかったのよ。」

確かに砂漠を歩くのはいささか面倒だし、体力を消費するのは分かる。確かにあのまま体を激しく動かして大量のサソリを狩り続けるよりは、あの水で一気に全滅させてしまう方が楽といえば楽だ。

だが、ラスは思う。

その水のせいで自分は痛い思いをしたのだ。あのままサソリと戦っている方が、絶対に軽傷で済んだと言える。サソリの動きは把握出来たし、自分は戦うことが出来ていた。      

そう考えると、自分が砂埃でティトを見ることが出来なかったように、ティトもこっちを見ることが出来なかったのではないか? とも思う。ナイフを渡したものの自分の事を心配して、一気に倒そうとしてくれたのかもしれない・・・・・・。

いくら考えてもラスは答えを出すことが出来ない。自分の頭はこの程度のことしか考えられないらしい。よし、また一つ自分の事が分かったぞ。とでも結論付けておく。

「どうしてって思って無いの? やけにスッキリとした顔しちゃって。」

「あ・・・・・・いや・・・・・・・・・どうして?」

「そう、それはね・・・・・・。」

ティトはふふっと小さく不敵に笑い、その右手に持った杖を、砂漠しか見えない明後日の方向へ、まるで何かを振り払うように鋭く向けた。
 
「こういう事よ!!」

叫ぶと同時に、杖の先から青色の発光。今度は先のような流れる水でなく、水の塊が杖先から発射された。弾丸は矢の如く直線に飛び、遠く離れた地に命中した。

「まだまだ!!」

続けて2発、3発と連続で撃ち込む。水の塊は同じ場所に命中し、砂が勢いよく弾け跳んだ。

すると、ティトによって狙われた場所が、ゆっくりと盛り上がり始めた。いつしかそれはラスやティトより一回り高い山となり、砂山は崩れる。

「・・・・・・まさか、ばれちまってたとはなぁ。」


山の中から一人の男が現れた。長い茶髪の髪を一纏めにしていて、耳には赤に輝くピアス。こちらを睨む鋭い目つきをしていて、全身に黒尽くめの服を着込んでいる。

「ちっ、いつ気が付いた。」

男が口を開く。ティトは答える。

「最初からよ、サソリを退治していたときから貴方はこっちを見ていたでしょう?
 本当はサソリを軽くバラしてから、まとめて貴方を倒そうと思ってたけど
 面倒なくらい数が多かったでしょう?
 貴方の差し金かどうかは分からないけど、ここら一帯の魔物の異常繁殖の原因はあなた?」

男は神妙な顔つきになる。ティトは続ける。

「まぁいいわ。元々私は魔物の調査もしていたけど、今日はそれだけじゃないしね。
 あんなの相手に体力を使う気は無かったの。」
 
ティトが見上げ、男は見下げ、互いに鋭い目つきで睨み合う。二人の間には何も無く、小さな風がたなびくだけだ。

ラスは後ろから見ることしか出来ない。憶測だが少し話しが分かってきたような気はするが、今から二人の真ん中に入って何か言う事など出来やしない。

調子よくサソリを倒していた時とは、訳が違う。

この二人は、怖い。

 
ティトが杖を片手に一歩踏み出す、同時に杖先が青い光を灯した。
 
 「ちっ、俺はこんな所で捕まらないぜ!! 俺には力があるんだ!!」

ティトと対峙している男は叫び、右手で拳を作り、胸の前に添える。

その瞬間に拳は赤い光を放つ。その光は拳の甲にはうっすらと魔方陣が見えた。

「いでよ!!」

右手の光が消えたと同時に、ドンッと爆発したようなこもった音が当たり一帯に響く。すると男の足場から剣の柄が突き出した。それは丁度男の右手のあたりで止まる。

男は柄を掴むと、勢いよく砂漠から引き抜いた。

柄から先は暴力性を強調したかの如く赤い刃で、作った人は破壊力を意識したのであろう人間くらいの大きさがある巨大な刃が特徴的だ。

それを男は両手で力強く構え、こちらを睨んだ。

「俺は最強だ! だからお前に捕まるわけがねぇ!!
 いくらお前が周りに一目置かれる存在『賢者』だとしてもな!!」

叫ぶと同時に、ティトとの距離を詰めに掛かる。
大剣を地に引きずりながら接近し、今にも斬りかからんとする殺気を放つ。
ラスはこのとき、あの男が睨んでいるのがティトだと分かっているのだが、自分に殺気を向けられたのかと勘違してしまいそうになった。それほどに強い殺気を感じたのだ。


腰が引けそうになる情けない自分。


だがティトは違う。落ち着いた様子で男から目を離さず、杖を構える。

杖先から緑色の発光、それは先までの水とは違い、光は杖全体を包み込む光る膜となった。
 その膜が杖を包む瞬間、男は大剣を振りかぶり、ティト頭上へと振り下ろす。


ガキィィィン!!


武器同士がぶつかり合う。
大剣の一撃はティトに当たることなく、両手で支えられた杖によって防がれた。
かなりの力が杖にかかっているはずなのだが、杖は折れることなく形を維持し続ける。

「ちっ、硬化魔法か・・・・・・だが!」

男は後退し距離を取ると、ティトへ更なる一撃を与えんと構えなおす。
 だが、その瞬間。
 
 「・・・・・・ぐ」

 男の後退と同時にティトは男の懐に飛び込み、杖の先端を振るって男の胸へ撃ち込んでいた。
 
 「あなたじゃ私には勝てないわ」

 2撃、3撃と連続で杖を振るう。男は攻撃を受けながらも距離を取ろうと後ろへ下がる。だがティトはそれを許さない。男よりもはるかに速い動きで付いて回る。

 「は、離れやがれぇ!!」

男は満足な構えもとらずに、横一文字に大剣を一閃した。
ティトは腰を落として避け、腰を上げると同時に杖を振り上げ、男の顎に激突させた。

「ち、ちくしょう・・・・・・」

フラフラとよろめく男。強さの差は歴然だった。

「さ、大人しくお縄にかかりなさい。」

「まだだ!」

おぼつかない足を、肩幅くらいに広げ、しっかりと地面に固定。男はティトを見据え、大剣を腰の高さに両手で構える。

小さく瞳を閉じ、精神統一。
 
これまでと男から滲み出る雰囲気が違う。これからが本番のようだ。

「・・・・・・いくぞ!!」

足元の砂が跳ねる。
大剣をもっているとは思えぬ速さで接近し、大剣の間合いに入った瞬間、頭部を狙い斬りかかる。それと同時にティトは杖を振り上げ防ぐ。

「あまいな」

しかし、ティトは防ぎきる事が出来ず、防いだ腕が衝撃に負け地の方向へ弾かれる。
こうして出来た隙を男は狙う。大剣を勢いのまま地に振り下ろし、更に足元から逆袈裟に切り上げた。
一瞬の判断、男が切り上げる瞬間、体を右へねじる。剣先はローブの胸元を引き裂く。
ティトの回避と同時に男は切り上げた剣を振り下ろす。ティトは今度こそ杖で受け止めた。

「おしいな・・・・・・あの攻撃を避けられるのはお前くらいのもんだ。」

「それは・・・・・・どうも!」

杖を振るい、杖に圧し掛かるに大剣を弾く。後退しながら魔法を唱えた。杖先が青い光を放ち、水の矢が発射される。

男は大剣を体の前に出し、盾のようにして矢を防ぐ、そして攻撃に転じよう体を前に出した瞬間。

男の目と鼻の先に拳があった。それは男の顔面に突き刺さり、男を地に叩きつけた。

「な・・・・・・!?」

砂漠だから背にはたいしたダメージを負っていないとは思うが、あまりにも痛そうな一撃。

これを見てラスは思う。激流に流されるのも、これに比べたらマシだなぁ、と。

「くそ・・・・・・てめぇ・・・」

「ま、しょうがないよね。私にケンカ売ったんだから」

地に倒れる男を見てケラケラ笑うティト、男は痛みを堪えるような顔をしてはおらず、虚ろな顔をしていた。ひょっとして意識が飛んでしまいそうなのかもしれない。

「はぁ〜疲れた。ね、ラス?」

「は、はい!」

いきなり呼ばれて、ラスはビクリと背を伸ばした。

戦闘中の真剣な顔とは違い、それは太陽の光を浴びたヒマワリのような笑顔だ。

 言うわけないが、かえってそれが怖い。

 「私は間違ってなかったでしょ。『大剣使いガンド』討ち取った〜」


結論、彼女は正しい。